当院のKM-CART治療について
当院は、世界で初めてKM-CARTができるクリニックとして治療を行っていきたいと考えております。
「腹水は抜いたら駄目だ」
「おなかが張って苦しくても、我慢しなさい」
腹水が溜まった患者さんたちは、こう言われることも多いのです。
でも、我慢なんてできますか? 私にはできないだろうと、つくづく思います。
ある患者さんで最大量で22kgの腹水を回収したとき、腹水を入れる袋は5つも6つも、はち切れそうになり、運ぶ箱はひび割れました。
別の患者さんは、寝ている時にお腹が痛くて「メリッ、メリッ」と音がして一晩中苦しんだそうですが、朝になるとお腹の皮が伸びて妊娠線ができて、内出血で一面真っ青になっていたのだそうです。
想像を絶する苦しみでは無いでしょうか?腹水の苦しさは、麻薬などの痛み止めや、他の薬では一切効果がありません。腹水を抜くしか、症状を軽くする道は無いのです。
CARTとはなにか
CARTは腹水濾過濃縮再静注という治療で、Cell-free and Concentrated Ascites Reinfusion Therapy の略です。
1970年台に東京の山崎善弥先生(現 東京共済病院外科)の東京大学の外科チームが開発をされた、日本独自の技術です。海外にはこのような技術はありません。
簡単に書くと、
- 腹水を濾過して不純物を除去してから
- 濃縮して点滴する
という治療です。
私も若い時に治療するのをみたことがありますが、もっぱら肝硬変に伴う肝性腹水に対する治療が中心でした。合併症の問題はあるものの、それなりには行われていたようです。
ただ、治療するために透析の機械が一式必要になるため、実施できる施設は限られていました。
CARTは残念ながら、癌に伴う癌性腹水に使うと、すごい高熱が出たり、急変して死亡されるケースが相次ぎ、あまり一般的な医療としては認められなかった治療だったのです。
KM-CARTとは何か?
このCARTを、当時の防府胃腸病院(山口県)、現在の要(かなめ)第2クリニック(東京)、腹水治療センター長である、松崎圭祐先生が改良したものが『KM-CART』です。
様々な工夫をされて、飛躍的に処理速度や安全性が改善しました。
KM-CARTの特徴として、
- 処理速度が向上
- 発熱、ショックなどの合併症が減少
- 透析設備は不要で、輸液ポンプやマルチフローポンプで実施可能
- CART実施の障害が格段に改善された
といったメリットがあり、従来のCARTから大幅な改善がなされています。
処理は、癌性腹水なら1リットルあたり10分程度、肝性腹水なら6分程度で、非常に速い治療が可能となりました。
KM-CARTによる治療前後の写真
写真は、患者様の同意を頂いて撮影し、公開させていただきます。
左型では肝臓が引っ張られているのが見えます。右側はKM-CART翌日以降に撮影したCTです。
濃い灰色の腹水が随分減っているのが見えると思います。
どうしても再度貯留してくるので、完全に抜いても溜まってきます。
KM-CARTでは、可能な限り腹水を全部抜いて、頂いた全量を全て濾過して清潔、無細胞にした処理腹水を作り点滴投与します。
KM-CARTの概略図
従来のCARTとKM-CARTの違い
上記の図の腹水の濾過フィルター、濃縮フィルターは筒型で長さ30cm、太さ6cmぐらいの大きさです。
中には沢山の細い筒型のフィルターが詰まっています。ものすごく細いストローのような形ですが、その壁になる素材には無数の穴が空いた網目構造です。
そこから腹水が抜けていく際に、同時に細胞やゴミが濾されていきます。
(「透析 フィルター 画像」で検索をかけて頂くと、電子顕微鏡でみたフィルターの写真が出てきます)
従来のCARTは、この筒型の「フィルターの内側へ腹水の原液を入れて、外側へ通して」いました。
そのため、筒の中に細胞やゴミなどの不純物がつまり、すぐに処理が止まるのです。
圧力を上げたりして無理にCARTをすると、不純物が破壊されて細かい粒子になってフィルターを通り超えます。これを点滴すると、ショック状態になるような危険な合併症が起きてくると考えられています。
KM-CARTでは、筒型の「フィルターの外側から内側に、腹水の原液を通します」。
そのため、筒の中が詰まるような事がなくなりました。もちろん、処理中に筒の表面が不純物で覆われて、濾過が遅くなります。
その時は、内側から外側へ医療用の生理食塩水を流して、付着した不純物を取り除きます。
フィルターを洗うわけです。これによってフィルターが回復して、濾過のスピードがもとに戻ります。
不純物をすりつぶして点滴するようなことは、無くなるのです。
この時に付着していた癌細胞を、細胞バンクとして保存して研究を行ったり、免疫療法のために利用することに、東京の松崎先生や、癌センターでは取り組んでおられます。
以下は長くなりますが、私が務めていた病院での実績です。
また危険性についても、記載いたします。
KM-CARTの実績と性能
- 2012年7月~2019年12月の実施実績
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患者数:246 名 (男性:114名 女性:132名)
施行回数:1613回
- 2012年7月~2018年3月のデータ・性能
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平均処理量 5240g 濾過後の体積 619g 最大処理量 23.8 kg 平均処理時間 39.87 分 平均濃縮倍率(重量) 8.5 倍
- 腹水の原因疾患の内訳
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膵臓癌 67 胃癌 33 大腸癌 31 肝硬変 31 卵巣癌 27 乳癌 18 肝臓癌 15 胆道系癌 14 肺癌 3 悪性中皮腫 3 腹膜偽粘液腫 2 慢性腎不全 2 子宮癌 3 虫垂癌 1 前立腺癌 1 肝内分泌腫瘍 1 子宮肉芽腫 1 子宮間質肉腫 1 卵管癌 1 悪性黒色腫 1 食道癌 1 胃GIST 1 類上皮肉腫 1
※ 合計が246では無いのは、複数の疾患をお持ちの方がおられるためです
私が努めていた病院では、膵臓癌による腹水が群を抜いて沢山おられました。
別の病院のデータでは、卵巣がんが多かったり、肝臓関連の腹水が多かったりと、地域的や病院ごとの違いが大きいようです。
KM-CARTを受けられなくなるまでの日数
様々な理由で、KM-CARTを受けなくなる方がおられます。
KM-CARTの初回から最終までのデータを、ざっくりとまとめました。
- 1回だけ治療する人が約2割
- 1ヶ月以内に治療が受けられなくなる人が6割
- 3ヶ月以内に治療が受けられなくなる人が8割
- 1年以内に治療を受けられなくなる人が9割5分
- 3年以上治療を続けられる人は1%未満
KM-CARTを受けられる皆様には、こういった数値も知っておいて欲しいと思っています。これは夢の治療というわけではなく、やはりご病気が進むことで腹水は出てきます。
私は消化器内科医として働く中で、KM-CARTしか、腹水の苦しみを取り除くことは無理だと確信しています。そのKM-CARTでも、予後についてはこういった数値です。
大切な人との時間を過ごしたり、やっておきたいこと、やるべきこともお有りだと思います。腹水の苦しみが無い時間を、活用して欲しいと願っています。
KM-CARTの合併症
KM-CARTは、一部で言われるような怖い治療ではありません。しかし、リスクが全くないわけではありません。
私が勤務医時代に経験した約2000回のKM-CARTの間に、数回起きた致命的な合併症について書いておきます。
① 血性腹水の回収中にショック状態となった方:1名
肝臓癌が腹腔内に出血しており、血性腹水を抜くと血圧がどんどん低下されました。
② 治療後の腹腔内出血:3名
1人は、病院から帰宅する直前に腹部の激痛があり、お腹の壁の中に出血されていました。手で圧迫するだけで止血できた、幸運な方でした。
もう2人は、治療が終えて半日以上経ってから、お腹の中に出血されました。 ご本人にも、ご家族にも辛い思いをさせてしまい、今でも悲しく思い出して反省する方々です。ただ、KM-CARTをしたから腹腔内出血を起こしたのか、しなくても出血していたのかは不明です。
③自宅での急死:3名(偶発症ではない)
来院されないので調べると、自宅で死亡されていた方も3名おられます。もともとご病気がかなり進行された人たちで、中には訪問診療の先生が見つけてくださった方もおられました。
※ 他施設で「がん細胞を点滴で血液に入れることになって危ない」 と説明される方がおられるようで、ご質問をよく頂きます。
これについては、まず問題がないことで、CARTを受けない理由にはなりません。
腹水濾過用のフィルターは、透析に使われるフィルターと同じ工場、同じ技術で作られています。透析のフィルターに穴が空いていたら、大変な事態になることは間違い有りません。腹水のフィルターに穴が空いているという可能性は、限りなくゼロに近いと考えて良いと思います。
私も点滴前の腹水を顕微鏡検査に出して確認をしてきましたが、何かが写ったことは一度もありません。タンパク質や栄養が濃縮された濃い水であり、ゴミは抜いてあるのです。
また、別の腹水治療で「腹腔静脈シャント」という治療もあります。腹腔と血管をチューブでつないで、腹水を血液に直接入れるものです。合併症は多い治療なのですが、データをみても、癌細胞が問題となっているケースは少ないように思われます。(むしろ感染やチューブの閉塞が問題です)
以上が、合併症についてです。
私としては、原疾患の癌や低栄養、肝硬変に伴う急変が一番の問題だと感じています。
そういう急変は、果たしてCARTを受けたせいで起きるのか、これはわからない問題だと私は感じています。
KM-CARTを受ける怖さと、腹水による障害を天秤にかけて判断するしかないと思います。
このようなデータを提示しておりますと、KM-CARTに反対される先生方もおられることでしょう。
それは患者様の体を思ってのことだとお察しします。そういったご意見とも向き合って、患者様が希望する最善の医療を提供していきたいと祈っております。
こういった経験からも、腹水のKM-CARTを初めた方には、
- 何かあった場合に、救急搬送を受け入れてもらえる病院を確保しておく
- 訪問診療で往診してくれる先生を見つけておく
この2点が、必須だと考えています。
急なことが無いに越したことはないのですが、ご病気が有る以上、備えておく必要があります。
このような、かかりつけ医院や病院の調整にご理解をいただけない場合は、当クリニックのKM-CARTはできないこともありますので、ご理解下さいますようお願いいたします。